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博多祇園山笠

梅雨も上がり暑さも厳しさを増してくると、
山笠もクライマックスに入り15日の追い山の一点に昇華してくる。

例年、飾り山を一日かけて徒歩で見て回るのだが今日は仕事の都合で夕刻から妻と二人で繰り出した。
写真は駅前の飾り山である。今年は「大阪夏の陣」と題した山だ。

この南の地方都市には全国的に有名な祭りは多いが、この博多祇園山笠は歴史、雄壮、格式、、どれをとっても日本が世界に誇れる庶民の祭りであろう。

最クライマックスの追い山。静と動の差異による潜勢エネルギーの爆発を暴走することなく毅然たる節度を持って放出する。


そのエネルギーの放出が、見守る廻りの者たちに感動をあたえる。様式美とは静謐の中にだけ潜むものではなく躍動するエネルギーの中にも見いだせるものだ。絢爛たる山と男たちの放つ強烈な匂いに酔い体中をドーパミンが弾ける。観客は女性はもとより男性もその本質的官能美に武者震いを隠せない。

この時期はまだ静の期間で飾り山がこの街の各所に配されあたりを睥睨している。今日は夕方から回ったので駅前とキャナルシティの山を廻るともう時計の針は六時を指していた。

汗もかき腹もへったので駅前の「手羽屋」に入り生ビールで乾杯して料理に舌鼓をうった。
この「手羽屋」は料理は多彩でうまく、料金も手頃だ。妻は数回ここで痛飲しているらしいが、私は入ったのは初めてだ。

博多駅前には居酒屋は数多くあるがここは総合点で他店に勝る。今後は仕事でも利用したい。

九重夢大吊橋


先日九重夢大吊橋に行ってきた。
今回も妻と二人だ。日本一の歩行者専用吊り橋ということで
以前から気にはなっていた。

何が日本一かというと長さと高さが
供に日本一らしい。写真では見たことはあるが
長さ390m、高さ173mのスケールのつり橋は頭では想像しにくい。

実際に行ってみると壮観であった。
山間の渓谷に2本の主塔がそそり立ち、塔の先端から
ワイヤーケーブルが優雅な放物線を描いて
力学的強度を感じさせるテンションを周囲に放ちながら
美しく張られている。機能美という言葉がうかんだ。

料金所で500円だったか、払って渡ってみると意外に通路幅が狭く観光客は往き還りの客が一列どうしですれ違う。
九重の雄大な山並みを眺めながらも床板の隙間からは谷底がうかがえる中、吊り橋は客の動きと風でゆらゆら揺れる。吊り橋の醍醐味といったところか。

メインケーブルから下がる無数のハンガーケーブルに触れ強度を体感しながら
休憩も含めて往復約30分の空の散歩は贅沢な時間であった。

地元の春祭り

ゴールデンウイークには各地で祭りやイベントが開催されるが
この南の地方都市の祭りは全国的に知られていて毎年多くの人で賑わう。

私もこの祭りが好きで毎年出かけている。
メインのイベントは市民パレードだがそれ以外にも
市内のあちらこちらで大小の演舞台が設けられ
市民と芸能人が一緒になり舞台を盛り上げる。
沿道には多くの出店が立ち並び一日歩いて廻っていても飽きる事はない。

今年は久しぶりに家族四人が揃った。
娘も連休を利用して帰ってきた。息子もアルバイトの時間が空き従いてきた。

私の歩いて廻るコースは中心となるJRの駅を起点に気学の方位取りで
その年の相生相剋で決定するが今年は二黒土星方位を用いてコースを取り
500m以上歩いて緑や地面がある場所に移動する。
そこで必ず30分休憩して用意した地酒をお猪口に半分程度のみ緑茶を飲む。
本来ならその場で飲料に適した地下水が取得できれば
それを飲むのが最適だが、祐気取りが主体ではないのでそこまではしない。

それから市内を自由に散策して廻る。
去年は海浜エリアで地ビール祭りを開催していた。
満足した記憶があったので今年も期待して行ってみる。

しかし今回は出店数も少なくビール以外の食べ物の値段も法外に高い。
去年うまかったサザエの網焼きもない。
期待はずれでしかたなく、つまみと相生で二黒土星方位の
熊本の地ビールを買って飲んだ。これはうまかった。

今年も、決して過激ではなく雄壮でも無いが
まったりとした祭りを一日楽しんだ。

妻とふたりで桜見物

先日、近くの公園に桜を愛でに
歩いて出かけた。
休日の昼時だったが家族連れや若い男女で
賑わっていた。

海苔巻きおにぎりを私が握り、
途中のスーパーでおかずとビールを買い込み
妻と二人で出かけた。


昔は花見と言えば家族四人、車で行楽を兼ねて毎年出かけた。
多いときには週に2、3回は桜の名所を
廻ったものだ。


今年は娘も大学を卒業し遠方に就職していなくなった。
息子も専門学校に入学し親と一緒に行動する事はなくなった。

ここ数年は妻と二人になったが、やはり桜はいいものだ。
日本人の心情にあった花であるらしい。
花は桜木人は武士とういう言葉があったが
この花の潔さ、儚さ、美しさは他に類をみない。


葉をつけたまま養分を吸収しながら花を徐々に開花していけば
寿命も長いだろうが枯れ枝の様な状態から
一挙に花を開花させ咲き誇り、やがて数日後には力尽き一斉に
散らしてしまう。疲れきった身体を癒すように新緑の
若い葉を芽吹き身体の傷を手当てしていく。

この花だけが持つ生成様式。
日本人はこの桜の選択を潔しとして古の昔から
愛してきたのだろう。

この時期の日本の風景の美しさは世界に冠たるものだろう。